問題があるシステムは改修あるいは廃棄しなければならない。部活問題も「部活をしない権利の保障」という緊急パッチを全国一斉配信しなければならない。

「悪法もまた法なり」という言葉もありますが、それでも問題があるシステムは改修するか、さもなくば廃棄しなければなりません。部活動システムも問題が多く、抜本的改修あるいは廃棄が必要です。とりあえず、応急処置として「部活をしない権利の保障」という緊急パッチを全国一斉配信しなければなりません。

もくじ

  • 問題に直面したときの3つの行動。「敵前逃亡」「応急処置」「抜本的解決」。
  • 部活問題も抜本的解決が求められる。後世に負の遺産を押し付けないために。

問題に直面したときの3つの行動。「敵前逃亡」「応急処置」「抜本的解決」。

何らかの問題に直面したとき、人間が取る行動は様々ですが、大体「敵前逃亡」「応急処置」「抜本的解決」の3つに分けられると思います。例えばゴキブリが営巣している家でゴキブリに遭遇したとき、Gから目を背ければ「敵前逃亡」です。丸めた新聞紙やゴキジェットプロ等で立ち向かえば、それは「応急処置」です。バルサン等でGを巣もろとも殲滅する場合は、Gとの戦争の「抜本的解決」を目指しているはずです。なお、対人戦争で毒ガスを用いたらジュネーブ議定書に引っかかりますが、ゴキブリ相手なら大丈夫なはずです。

ここでは対ゴキブリ戦争を例に上げましたが、何らかのシステムや法律などでも、問題があればそれを放置(敵前逃亡)するか、当面の間使えるようにするための応急修理、あるいは解釈の変更等でその場を凌ぐ(応急処置)か、どうしようも無くなったらシステムを新しいものに取り替えたり、法律を改廃したり(抜本的解決)するはずです。現在は労働問題(ブラック企業という単語はおなじみ)や部活問題(見方によっては労働問題か?)、あるいは世代間格差問題など、抜本的解決が必要な問題には事欠きません。

現行の部活動システムは、生徒や教員に対して(法的には「部活動をしない自由」があるにも関わらず)部活動をすることが強制されたり、非人道的とも言える過酷なスケジュールで活動したりと様々な問題を抱えています。これらの問題を総称して「部活問題」と呼ぶことがありますが、こちらもかつては問題から目を背けたり、そもそも部活問題に無関心な人が多かったと思います(現在も少なくない人間が問題から目を背けているかもしれませんが)。

しかし時代は移り変わります。部活問題 対策プロジェクトも立ち上げられ、少なくともインターネット上ではある程度部活問題のことが浸透しているように思えます。ネット上のみならず、最近では愛媛県八幡浜市議会(PDF資料・3ページ目に部活問題についての記述あり)教育再生実行会議(PDF資料の36ページ目から部活動に関する記述あり)でも取り上げられるようになってきました。部活問題解決への下地は確実にできてきています。

部活問題も抜本的解決が求められる。後世に負の遺産を押し付けないために。

そして、部活問題はいずれ抜本的な解決を行い、もう二度と部活問題の犠牲者が出ないようにしなければなりません。部活動システムの構造的問題や、現行の部活動システムがすっかり世間に染み付いてしまっていることなどから、私としては部活問題を完全かつ永久に解決するために、現行の部活動システムの完全廃止も必要ではないかと考えています。ただでさえ世代間格差問題で生まれる前から損失を被ることが確定している将来世代に、部活問題という負の遺産を押し付けるのはあまりにも酷です。部活問題はとにかく早期に完全かつ永久的な解決を図らねばなりません。

子どもたちの放課後の居場所は各自で見つけてもらうか、完全任意参加の同好会を地域に作るなどすれば良い話です。「子どもは放課後に部活をしなければならない」と定めた法律はありません。放課後の過ごし方は各自の自由です。おとなになったら「放課後」が「仕事後」になりますが、仕事が終わった後の過ごし方は各自の自由である必要があります。

…とは言え、流石に現行のシステムをホイホイ廃止することは難しいかもしれません。部活問題はできるだけ早期に完全解決する必要がありますが、現在苦しんでいる人を救済するための応急処置も必要です。部活問題の場合、それは「部活をしない権利の保障」です。誰もが「部活動をしない」という選択を堂々とできるようにするだけで、部活問題の半分くらいは解決されると言っても過言ではありません。

「部活をしない権利の保障」という緊急パッチを、在りし日のWindows10強制アップグレードよりももっと徹底的に全国強制配信・適用し、「部活動はやらなくても良いものである」ということを全国共通ルールにしなければならないのです。個人の自由を守るために組織に制約を課すことは必要ですが(「個人の自由を守るために組織に課す制約」を突き詰めたものが憲法です)、組織のために個人の自由を制約することは、法的根拠がない限り(法があっても憲法に違反しているならば)絶対に許されてはいけません。そして、「伝統・慣習・空気」は法的根拠にはなりません。

かつてフランスの民衆は、自由を得るためにありとあらゆる手段(暴力的手段を含む)を用いて革命を起こし、見事に自由を勝ち取りました。現代を生きる我々も、部活問題や労働問題などを解決して永遠の自由を勝ち取るために、今戦う必要があるのかもしれません。

参考リンク

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