「赤ん坊も老人も家庭で面倒を見ろ」というのはもう限界が来ている。だから保育所や老人ホームが必要になるし、保育士や介護職員の待遇を改善しなければならない。

現在は家族の形も多様化し、共働き家庭やひとり親家庭、独居老人も増加しました。昔々の「標準世帯」(働いている夫+専業主婦の妻+子供2人)を前提とした社会福祉システムでは、超高齢社会にも多様化した家族のスタイルにも対応できません。もはや「赤ん坊も老人も家庭で面倒を見ろ」とは言えない時代です。だって家庭内にそんなことが出来るだけの人員がいませんから。

「家族の面倒は家族で見ろ」というのも、もはや現実的ではない。だから外部のサービスを利用して何とかする。

  • 現在は家族の形が多様化している。昔々の「標準世帯」(働いている夫+専業主婦の妻+子供2人)を前提として社会保障・福祉サービスを考えることは出来ない。共働き家庭もひとり親家庭も増えた。独居老人だって増えている。雇用も不安定になってきている中、家族だけで家族の面倒を見きることは不可能。様々な形の家族に柔軟に対応できるシステムが必要不可欠だ。
  • 「家庭で赤ん坊の面倒を見ろ」となってしまえば、両親のどちらか(大抵の場合は母親)が就労を諦め、就労している方は一人分の収入で家族を養わなければならなくなる。賃金が上がり続けて雇用が安定する見込みが薄い上に子供の教育費もかかるというのに、それは酷というものだ。だから保育所に子供を預けて共働きを選択する人は多いし、待機児童問題も発生する。両親が揃っていてもこの有様。ひとり親家庭だとおそらくもっと大変なのだろう。祖父母が子育てを支援できるとも限らない。
  • 「家庭で老人の面倒を見ろ」となった時も、親戚の誰かが介護離職を余儀なくされるのだろう。子育てもそうだが、介護も24時間365日無休でやることになってしまってはどうしようもない。だから外部のサービスを使ってなんとか介護をしていくことになる。外部のサービスの力を借りることが出来なければ、家族が24時間365日休みなく面倒を見ることになってしまいかねないし、介護殺人という悲劇を生み出しかねない。

日本の社会保障・福祉サービスは「家族の面倒は家族が見る」ことを前提としているように思えるが、その前提条件は崩れ去ろうとしている。

日本の社会保障・福祉サービスは、「家族の面倒は家族が見る」ことを前提に構築されているのではないかと思います。生活保護は受給する前に可能な限り親戚の援助を得ることを要求されるようですし、要介護認定で要支援1・2の人を介護保険の予防給付の対象から除外したのも、「軽度なら家族で面倒を見ろ」と言外にほのめかしているのではないかと思います。これでは介護離職問題を解決できるわけがありません。子育てにしろ介護にしろ、家庭から切り出して公的サービスで面倒を見なければならない領域が存在します。

確かに、昔々の「標準世帯」(働いている夫+専業主婦の妻+子供2人)を前提とするならば、これでもどうにかなったのかもしれません。働いている夫が家族を養うのに十分な収入を得て、専業主婦の妻が子育てや介護を行うわけです。妻は24時間365日常に家のことをするわけですから(これではワ○ミの如きブラック企業)、保育所などなくても赤ん坊の面倒は家庭で見られますし、老人ホームやホームヘルパーなどのサービスがなくとも介護が必要な人の面倒も家庭で見るわけです。しかし、現在は標準世帯の妻が再就職(就労を継続)して共働きになっていることも多々ありますし、そもそも「夫婦+子供」の標準世帯そのもの減少しています。その代わりにひとり親家庭や独居老人などが増加しています。社会保障システムをアップデートしなければ、多様な形態の家庭には到底対応できません。(というか、専業主婦に子育ても介護も全部丸投げするという姿勢も問題です。どのような仕事であれ、きちんと休みを挟まなければ健康に働き続けることは不可能です。これは主婦業でも同じでしょう。)

子育ても介護も全部家庭で抱え込むシステムでは悲劇を生み出してしまう。やはり公的サービスによる支援が必要だ。そして保育士や介護職員の待遇改善も必要。

子育てにせよ介護にせよ、すべてを家庭で抱え込むことは悲劇の始まりです。子育てをすべて家庭で行うことになったら、両親のどちらかは仕事を辞めて24時間365日子育てに専念することになります。働いている方の親は一人できちんと家族を養えるだけの収入を得ることが要求されますが、現在は雇用が不安定になってきています。そのような中で絶えず家族を養い続けるというのは、なかなか厳しいプレッシャーになるでしょう。また、子供の面倒を見る側にしても、常に子供の面倒を見ることが要求され、なかなか休めないのではないかと思います。これはおそらく相当なストレスになります。子育てにだって休みは必要です。…さて、ここまで両親がきちんと揃っていることを前提に話してきましたが、ひとり親家庭の場合は一人の親が収入を得ながら同時に子供の面倒を見ることになります。保育所などのサービスがなければ無理ゲーです。「祖父母に助けてもらえばいいじゃん」という人もいるかもしれませんが、すべての祖父母が孫の面倒を見られるわけではありませんし、生きている保障もありません。

介護にしても、すべてを家庭で行うのは悲劇の始まりです。要介護者の面倒を見るために、誰かが介護離職を余儀なくされます。未だ長時間労働問題が解決されていない中で、仕事と介護を両立するのは困難を伴います。介護も場合によっては24時間365日常に面倒を見ることになりますし、「いつ介護から解放されるのかが分からない」という点では、ある意味子育てよりも過酷です。子育ても児童虐待が発生するくらいハードモードですが、介護もまた介護殺人が発生するくらい過酷です。子育てにせよ介護にせよ、公的サービスの支援が必要です。

そして、忘れてはならないのが保育士や介護職員の待遇改善です。保育士や介護職員の給料が低く抑えられているのは周知の事実ですが、これを改善しないことには、有能な人材を集めることは出来ません。「やりがいがあるなら給料が低くても休みがなくても文句言うな」という発想は、「やりがい搾取」というものです。生活のためには年齢を問わずそれなりの給料がなければどうしようもありませんし、きちんとした休みは年齢を問わず健康に働き続けるためには必要不可欠なものです。社会保障・福祉サービスは多様化した家庭に対応できるように再構築しなければなりませんし、現場で働く人たちの待遇改善もキチンと行わなければなりません。

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