憲法は国家権力を縛るものであって国民を縛るものではない。国民を縛るのは法律の仕事だ。

時々ニュースで話題になったりならなかったりする憲法改正ですが、憲法が基本的に国家権力を縛るものであることを忘れてはなりません。

国民を国家権力から守るために憲法がある

  • 日本においては、憲法 >> 越えられない壁 >> 法律 の図式が成り立つ。憲法は法律より上位。
  • 法律は基本的に国民に対して何かを強制するものである。しかし、国家権力が国民に何でもかんでも強制するのは人権侵害に繋がる。
  • そこで、国家権力を憲法で縛り、国家権力の暴力から国民を守る。国民が守るルールが法律で、国家権力が守るルールが憲法。
  • 憲法を改正するならば、そのあたりのことを踏まえて国民の権利がきちんと守られるものにしなければならない。

国家権力の暴力性

日本において、大体の法律は、国民に何かを強制します。その何かとは様々(納税、社会保険への加入、自転車は車道を走る、信号をきちんと守る、他色々)ですが、みんな憲法の範囲内で作られます。憲法で許容されている範囲を超える法律(例:徴兵制、徴兵制、徴兵制、基本的人権の一時停止 など)が出てきたら、その時は裁判所が違憲審査を行い、国家権力の暴力から国民を守ります。

国家権力はえてして暴力的なものです。何かしらの強制力を持って国民に言うことを聞かせているわけですから。もちろん国家にルールが必要なことは否定しませんし、ルールを守らせるために何かしらの強制力が必要なことも認めます。しかし、それらにも限度というものがあるのです。国民には当然に人権が存在し、憲法でも人権は永久に不可侵で最大限尊重されなければならない権利とされていますから、国家としても公共の福祉などの正当でやむを得ない理由があるときに最小限の制限を加える以上のことは基本的にできません。国家権力だってルールを守る必要があるのです。

では国家権力が守らねばならないルールとは何か?となった時に憲法が出てきます。基本的人権を永久に不可侵で最大限尊重しなければならない権利としているのも、各種権利が国民にある(国民主権)としているのも憲法です。憲法で国民の義務が書かれている部分は少なく、基本的に国家が守らなければならないルールが多く書かれていることからも、憲法が国民を国家権力の暴力から守り、人権を守る役割を担っていることがお分かりいただけると思います。国民に守らせるルールは法律で定め、法律が暴走しないようにするのが憲法です。

憲法を改正するときも「国家が守るべきルール」であることを念頭に置いて考えなければならない

時々ニュースで話題に登ることがある「憲法改正」ですが、そのときも「国家に守らせるルール」として憲法を捉える必要があります。「国民に守らせるルール」は法律で定めればそれで済みます。憲法はどこまでも慎重に考えなければなりません。憲法の方向性を誤ってしまうと、人権が軽視され、国民の権利が守られず、再び国家によって国民が虐待される時代になってしまう可能性すらあるのですから。

これから憲法改正の議論が進み、実際に憲法の改正案が出る時が来たら、私たちはそれについて真剣に考え、本当にその改正案のとおりに改正してもいいのかどうかの意思を示さねばなりません。憲法の改正は、国家体制が民主的になるか、はたまた独裁的になるか。人権がキチンと守られるものになるか、人権が軽視される時代に逆戻りするのか。それらの方向性に大いに影響をあたえるものなのですから。

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