「高校は義務教育ではない」という理屈は正しいかもしれない。だからこそ、高校ではもっと多様性を認めなければならない。

「高校は義務教育ではない」という理屈は、日本において2016年地点では正しいです。そして、義務教育ではないというのであれば、高校ではこれまで以上に多様性を認め、受け入れていく必要があると考えます。

義務教育ではないのだから、(全日制)高校にはもっと多様な年齢層の人が通っていたっておかしくない。仕事をしている人が通っていてもいいはずだし、自分のペースで(留年しながらでも)じっくり学ぶ人がいてもいいはずだ。

  • 日本の法律では高校に入学できる年齢・卒業できる年齢の上限は存在しない(在学年限の規定は各学校によるが)。授業料無償化の対象から外れても良いというのであれば、すでに高校を卒業した人がもう一度高校に入学することも特に法律で制限されているわけではない。だからすでに仕事をしている人がもう一度高校に入学して勉強をやり直してもいいし、自分のペースで(留年しながらでも)じっくり学ぶ人がいても何ら問題はない。
  • だが現実には、全日制高校に在籍する生徒の殆どが15歳~18歳である(一般的に「高校生」と言われる年代)。それ以外の年齢層の人が入学することが想定されているとは言い難い。学年制を敷いた上で同一学年に在籍する生徒の年齢を統一すれば、確かに生徒の管理という面では楽できるだろう。アルバイト禁止の校則や免許取得禁止の校則を押し通せるのも生徒の殆どが15歳~18歳であるからだろう。まさか30歳の生徒に対して「アルバイト(仕事)も免許取得も禁止」とは言えまい。
  • 全日制高校は多様性が考慮されていないが故の制約(アルバイト禁止、免許取得禁止、部活動への加入義務、など)が多い面もある。これによって「一般的な高校生」の枠からはみ出した高校生は定時制・通信制高校に追いやられるか、高校で学ぶ機会そのものを奪われることになる。「高校は義務教育ではないから云々」のフレーズは生徒指導の場面か授業料無償化不要論を唱える人くらいしか使っていない気がするが、義務教育でないというのならばもっと多様性を認め、受け入れていく必要があるのではないかと考える。

中学校を卒業(中学校卒業程度認定試験に合格)してさえいれば、高校入学が可能な年齢に上限はない。全日制高校にも、多様な生徒(「一般的な高校生」の枠からはみ出した高校生)がいていいはずだ。

日本の法律では、高校に入学できる最低年齢の条件(入学年度の4月1日地点で15歳以上)は存在しますが、高校に入学できる年齢の上限が定められているわけではありません。中学校を卒業(中学校卒業程度認定試験に合格)している15歳以上の人であれば、受験で合格して高校に入学することが出来ます。授業業無償化の対象から外れても問題ないというのであれば、すでに高校を卒業した人(何らかの仕事をしている人)がもう一度高校に入学して勉強をやり直すことだって出来ますし、(留年を繰り返しながらでも)自分のペースでじっくり学ぶことだって出来ます(在学年限の規定に引っかからなければ)。

しかし実際には、全日制高校はどこを見渡しても15歳~18歳の生徒が殆どです(一般的に「高校生」と言われる年代)。学年制のもとで、同一学年にはほぼ同年齢の生徒しかいない状態です。そして多少の選択科目はあっても、だいたいみんな同じ科目で同じ授業を受けます。見事なまでに画一的です。多様性などどこ吹く風。確かに、生徒を管理する上ではこの方が都合が良いのでしょう。単位制で各生徒が自由に科目を選択し、自分専用の時間割で動くようになれば生徒の管理は大変になるでしょう。

また、多様性を認めない全日制高校のスタイルが、アルバイト禁止や免許取得禁止、生徒に対する部活動への加入義務付けなどの校則につながってきているのかもしれません。生徒の年齢層を15歳~18歳に限定しておけば、在籍する生徒の殆どは未成年になります。「未成年を保護するため」「健全な育成のため」などと言ったいかにも外面は良さそうな理由をつけて、これらの理不尽な校則を押し通すことが可能になってしまうのです。学校側にしたって、まさか30歳のバリバリ仕事をしている年代の高校生に対して「アルバイト(仕事)も免許取得も禁止」と強く言うことは出来ないでしょう。多様性のなさが息苦しさを生み出しています。

そして、全日制高校という息苦しい空間に馴染めなかった(「一般的な高校生」の枠からはみ出した)高校生は定時制・通信制高校に追いやられることになります。定時制・通信制高校は「全日制高校に馴染めなかった生徒の追放先」として機能してしまっているわけです(定時制・通信制高校には大変失礼かもしれませんが)。そして全日制高校からは更に多様性がなくなり、更に息苦しい空間になります。ひどい悪循環です。

「義務教育ではない」のならば、もっと生徒の多様性を認め、受け入れていかなければならないのかもしれない。

これまで、「高校は義務教育ではない」というフレーズは授業料無償化不要論を唱える人か、あるいは生徒指導の場面でしか使われていなかったのではないかと思います。しかし、「義務教育ではない」からこそ、多様性を認めるべきなのではないでしょうか。学ぶ内容もそうですし、学ぶ人ももっと多様性があってもいいはずです。

これまでの日本では、「一旦学校を出たら後は退職までひたすら働くだけ」というスタイルの人が多かったのではないかと思います。しかし、「働き始めてからもう一度学校で学ぶ」道があっても良いのではないかと考えます。学校で改めて知識を身につけ、それから仕事人生の再スタートを切るのも悪くないはずです。そのためにも、まずは高校でもっと多様性を認めていくべきであると考えます。

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