いじめから逃げることは、身を守るためにも大事なことだ。

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新たに不登校になった小中学生6.5万人 2014年度:朝日新聞デジタル 不登校問題もいじめ問題も相変わらずですが、イジメ被害に遭って自殺するよりは、不登校でいたほうがまだましなのではないかと思います。

学校はもはや命の危険を伴う戦場。安全地帯に逃げる人がいても不思議じゃない。

  • 治外法権付き慣習治国家な学校においては、いじめ(という名の暴行・脅迫・窃盗他色々)が発生しても、被害者の保護は望めない。加害者は過剰に保護されるが。警察も介入しないから治安維持もクソもない。まさに戦場。
  • そんなデンジャラスゾーンでのサバイバルを強いられるのだから、脱落する人だって当然出てくる。いじめ(という名の犯罪)が発生すれば、被害者を守るものは学校には存在せず、最悪の場合は被害者は自殺を余儀なくされる。ならば不登校で勇気ある撤退をしたほうがまだ命の危険はないはずだ。
  • 不登校を未然に防ごうだの何だの言うならば、まずいじめ犯罪をきちんと取り締まって、被害者の生命をきちんと保護できるようにしなければならない。少なくとも学校から治外法権がなくなって、生徒の生命をきちんと保護できるようになるまでは、緊急避難としての不登校はあってもいいと思う。

不登校は「勇気ある撤退」と言い換えることもできる

日本においては、休むこと=怠けという無言の圧力がかかったり、皆勤至上主義がはびこっていたりで、学校を休むにもそれなりの勇気が求められます。その結果、いじめ(という名の犯罪)の被害を受けても学校を休むことができず、最終的に自殺を余儀なくされる…という人もいる可能性があります。その意味では、不登校は、勇気を出して危険な戦場である学校から一時撤退し、自分の身を守るための行動と見ることもできます。

もちろん、問題が解決すれば、不登校状態から脱して学校に戻る必要はあるかもしれません。しかし、現在の日本の学校は、とても安全地帯といえるものではありません。むしろ過酷な戦場です。そして、日本の学校は、構造上ドロップアウトする人がどうしても出てきてしまうものだと思います。特に公立の小中学校だと、居住地域で機械的にどこの学校に入学するかが決定されるわけですから、生徒の側が学校を選ぶことはかなり難しいといえるでしょう。居住地域だけで機械的に振り分けられた生徒が一緒くたに同じ教室で生活し、勉強するわけですから、当然学力にも体力にもばらつきがあり、それによって問題が発生することもあります。また、部活動への加入を強制する学校では、部活問題も深刻です。学校システムの側もまた、問題が多いのです。

命あっての物種。不登校問題をどうにかしようと言うのならば、まずはいじめ問題や部活問題をどうにかしなければならないだろう。

当たり前ですが、命を落としたら、そこで人生は終了です。なので、学校に行って命を落とすくらいなら、不登校で命を守ったほうがまだいいのではないかという見方もできます。そして、不登校問題を解決するためには、学校が戦場と化している原因をどうにかしなければならないでしょう。いじめ問題や部活問題はその最たるものだと思います。部活加入を強制するのは無茶苦茶な糞システムです。学習指導要領にだって部活動は「生徒が自主的に参加するもの」とされています。

不登校問題は、いじめ問題や部活問題、その他日本の学校システムによって引き起こされた問題だと思います。また、日本社会が、一旦レールを外れたら復帰することが困難な仕様になっていることも問題だと思います。学校問題の解決には時間がかかりますが、まずできることから解決を図らなければならないと思います。

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