「もっと大変な人がいる」から大変なものを放置して良いわけではない。同じ理屈で「もっと楽な人がいる」事によって、もっと楽にすることを追求できる!!

なにか大変なことを改善して楽にしようとすれば、「もっと大変な人がいるんだから大変な思いをしろ」という趣旨の発言をかます頭(脳みそ)が残念な人が湧いてくることがあります。しかし、それと同じ理屈で、「もっと楽な人がいるんだからもっと楽にしよう」と返すことができるのではないでしょうか。

楽にすることを悪と捉えることは、技術の進歩、すなわち先人たちと現代人の努力の結晶の否定である!!

何かを楽にできるようにしようとすれば、先述したように、「もっと大変な人がいるんだから大変な思いをしろ」と言った感じの批判にさらされることがあるかと思います。しかし、そのような批判をする人は、何かを楽にできるようにするために努力した人がいることをわかっていないのだと思います。何かを楽にするために、先人たちは様々な努力を積み重ねてきたと思います。その成果が、例えば自動車だったり、電車だったりするわけです。

そして、自動車も電車も、現代人はそれをより安全に、より快適に使えるようにするために、これまた努力しています。その結晶が、例えば障害物を感知したら自動で止まる安全システムだったり、高レベルの安全性と速度を持つ新幹線だったりします。技術の進歩は、我々の生活をより良くするものです。それによって、我々は様々な苦労から解放されました。とても素晴らしいことです。

しかし残念なことに、「もっと大変な人がいるんだから大変な思いをしろ」のわけわからない理屈で、人間が苦労から解放されることを否定しようとする人がいます。しかし、そのような意見は、とるに足らないものです。「もっと大変な人がいるんだから大変な思いをしろ」という理屈は、技術の進歩の否定であり、すなわち先人たちと現代人が積み重ねてきた努力の結晶を踏みにじることなのです。

物事を楽にできるようにすることは素晴らしいことだと思う。それだけ何かが進歩したということだから。

怠け者な私としては、何かをもっと楽にできるようになることは、素晴らしいことだと思っています。何かをもっと楽にできるようにするために、何かが進歩したわけですから。例えば新幹線や飛行機などは、長距離移動をもっと楽にできるようにするために、技術を進歩させ、結果、半世紀前とは比べ物にならないほど、長距離移動が楽にできるようになったと思います。そして、新幹線も飛行機も、現在さらなる進化を遂げています。技術の進歩の終わりはまだ見えてきません。今日より明日なのです。

人間は、楽にできるようにすることを追及して、技術を進歩させた面もあると思います。各種作業のコンピューター化も、様々な仕事をコンピューターにやらせて、ミスなく楽に作業できるようにすることを目的の一つとして、行われてきたはずです。プログラマーも、1回目に頭をつかうことで、2回目以降はコンピューターに処理を任せられるようにするのが仕事です。物事を楽にできるようにしたいという人間の欲望に終わりはありません。そして、物事を楽にできるようにするための、技術の進歩にも、終わりはないと思います。人間は、楽を追い求めることで、進歩しているのです。なので、楽を追求することは、悪いことではないと思うのです。

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