子育ても介護も休みは絶対に必要。24時間365日死ぬまで子育て介護するのはどう考えても無理。誰にだって休みは必要だから、「一時保育」や「ショートステイ」などを有効に使えるようにすべきだ。

日本では相変わらず待機児童(保育所等の入所待ち)問題・待機老人((特別養護)老人ホームの入所待ち)問題が深刻です。言うまでもないとは思いますが待機中の間は在宅で子育て・介護をやることになると思われます。しかし、子育て・介護はヘタすれば24時間365日一切休み無しの労働基準法大違反な仕事になりえます。そんな中で、「一時保育」や「ショートステイ」は、24時間365日の超過酷勤務の中に休みを入れる上で非常に重要な働きをすると思います。

子育てにだって介護にだって休みは必要!!休むための一時保育やショートステイの利用が堂々とできるようにすべき!!

  • 24時間365日の連続労働に耐えきれるような人はまずいない。それが無茶苦茶だから労働基準法で「労働時間は1日8時間・週40時間まで」の規制をかけている。子育てや介護にだって休みがなければ人間は壊れてしまうし、ヘタすれば虐待や殺人にまで発展してしまう。子育て・介護される側を守るためにも、子育て・介護する側がきちんと休みを取れる必要がある。
  • 常に施設に預けるというわけでもないが、小休止を挟んでリフレッシュしたいという時に「一時保育」や「ショートステイ」などが出てくる。「子育て介護を怠けるとはケシカラン」という人もいるかもしれないが、「休むこと=怠け」ではない。休むことによって体力気力を回復させ、心に余裕をもたせることにより、子育てや介護を安全に(虐待とか殺人とかせずに)行える。
  • 「子どもや要介護者の面倒を家で見られるなら施設に頼るな」という意見の人もいるかもしれないが、そんなことをすれば子供の虐待や介護殺人はさらに深刻になる。子育てや介護に携わる人にも休みはなくてはならないもの。子どもや要介護者のためにも、施設を上手に活用すべきだし、それができる世の中にしなければならないと考える。

24時間365日家族だけで子育て・介護をする(休みがない)から虐待や介護殺人が発生してしまう面もある

子供の虐待や介護殺人などのニュースは、もはや珍しいものではなくなったと思います。その原因の一つとして、「家族だけで面倒を見ていること」「家族に休みがないこと」が考えられます。子育ても介護も、いつアクシデントが起こるかはわからないものだと思います(私は子育ても介護もしたことがありませんので想像で書いている部分が多々あります。実態と食い違う部分がありましたらコメント欄などからご指摘下さい)。24時間オンコールというのはいくらなんでも過酷です。保育所や老人ホームなどであればきちんと交代制が敷かれている(はずな)ので、保育士や介護職員は(施設が労働基準法を遵守していれば)1日8時間・週5日だけ保育・介護の仕事をしてアクシデントに対処すればいいわけです。後の時間は休みになるので心身を回復させる余裕が有るかと思います。

しかし、家族だけで子育てや介護をやろうとすれば、労働基準法に当てはめて「1日8時間・週5日労働」とはなかなか行かないと思います。例えば母親が乳幼児を育てる事を想定(母親は専業主婦or育休中・夫その他外部の支援なし)すると、母親はそれこそ24時間つきっきりで乳幼児の面倒を見ることになるのではないでしょうか。赤ん坊はとにかく泣く生き物らしいです(「私が赤ん坊の頃は抱っこすれば泣き止むが、泣き止んだところを見計らって布団に下ろしたそばから泣き出して大変だった」by母)。24時間いついかなる時でもタイミングを選ばず泣き出して、それに対処しなければならない(と思われる)母親の苦労は並大抵ではないと思います。育休は「休み」じゃないんだよ。「育児初心者が必死になって子育てに慣れる」期間なんだの記事にもある通り、「育児休業は休みではない」ということです。24時間いつでも対応しなきゃならないとなれは疲れるのも当然です。

【何が虐待へ向かわせるのか】(1)産後鬱で「暴力的な衝動」 わが子に「負の刃」+(1/4ページ) – MSN産経ニュースの記事にもありますが、子育てのストレスなどが原因で鬱病を発症する人もいます。介護殺人の悲劇は【衝撃事件の核心】血ヘドはく「老老介護」破綻 鬼の形相で「殺せ!」と叫ぶ認知症母を殺害 長男は「ごめんな、ごめんな」と謝り続けた(1/5ページ) – 産経WESTの記事でも触れられていますが、貧困と(老々)介護のコンボは確実に介護者の心身を蝕み、殺人事件が起きる場合さえあります。日本では「家族の面倒は家族が見るべきだ」という考えがあったのかもしれませんが、それはもはや限界に達しています。家族の面倒を家族で見ることはもはやできません。面倒を見なければならない人がいるのならば、社会全体で面倒を見るべきなのです。

社会全体で子育て・介護を行うという発想

家族で面倒を見られないならば、社会全体で面倒を見てやればいいじゃない― この発想から、保育サービスや介護サービス、介護保険などが整備されたのではないでしょうか。家族が家族の面倒を見るという古いやり方が限界に達した以上、新しいやり方で面倒を見てやる必要が出てきます。子供の場合は保育サービス(保育所・ベビーシッターなど)がそれに当たりますし、高齢者(要介護者)の場合は介護サービス(訪問ヘルパー・老人ホームなど)がそれにあたり、それらの利用負担を抑えるために介護保険もあります。家族だけでなく、社会全体で子育て・介護を行うという発想です。そしてその発想は、現時点でのサービス利用者のみならず、今は家族で面倒を見ている人にも適用されるべき(一時利用が堂々とできるようにするべき)です。「一時保育」や「ショートステイ」は、家族で家族の面倒を見ている人のためにも必要なのです。

「一時保育」や「ショートステイ」によって、普段子育て・介護を行っている家族は(一時的ですが)子育て・介護の苦労から解放される時間ができ、心身を休めて余裕を持つことができるようになります。オンコールを要求されないだけでもだいぶ気が楽になるのではないかと。…そんなことを言っていると「子育て介護を怠けるとはケシカラン」という頭が腐った人が湧いてくるような気がしないでもないですが、そんな発想は現代では通用するわけがありません。むしろ「子育て介護を怠けることができるからこそ虐待や殺人の悲劇を防げる」・「休み≠怠け」という発想ができるはずです。家族内だけで子育て介護を行うことで閉塞感が漂って虐待や殺人に繋がっている面があるわけですから、外部の人に子育て介護をお願いすることで、虐待や殺人を防ぐことに繋がるのではないかと考えます。

日本は少子高齢化が叫ばれて久しく、統計局ホームページ/平成27年国勢調査/調査の結果でもとうとう日本の総人口が減少に転じました。出生率が改善されなければ、日本は今後人口減少の道を歩むことになるのではないかと思います(移民を受け入れるという手もありますが)。介護が必要な人は今後も増加することが予想されますし、保育サービスのニーズも早々減りはしないでしょう。そして、日本の家族は疲弊しています。子どもと高齢者(要介護者)の面倒を見るのは、家族ではなく、社会全体なのではないでしょうか。
「保育は家庭で行なわなければいけない」という規範が日本を停滞させる(田中俊英) – 個人 – Yahoo!ニュース

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