ただひたすら「反対!反対!」とだけ叫ぶよりも、対案を出したほうが建設的に自分の意見を通しやすい(はず)

安保法制やら何やらがいろいろとアレなことになってますが、与党はしっかりと国民がわかるように説明しなければならないと思っています。わからないままでは誰も判断できません。そして、野党陣営も、何かしらの対案を持って審議に臨むべきだと思っています。なぜなら、
  • 対案がないと、結局相手を叩くだけ叩いた末に、最終奥義「衆議院での再可決」を与党が発動するから。
  • 審議の進め方は大いに問題があるが、安全保障は必要なこと。利害調整をするなら、自分の望みをある程度はっきりさせないとうまくいかない。
  • 「反対のための反対」で審議を止めるのは、結局国民の利益にはならない。対案を出せば、国民の利益になるはず。
続きは以下

「反対!反対!」とわめいても、「じゃあ結局どうしたいのさ?」

突き詰めるとここにたどり着きます。反対の声を上げるのも、最終的に自分の意見を通すため・通せなくてもある程度反映できるようにするためであることを念頭に置く必要があると思います。

結局のところ、全員が納得できる意見というのは幻想です。最後はどこかで多数派と少数派の落とし所を見つけることになります。そのためにも、多数派は少数派の人たちが理解できるように説明する義務が存在し、少数派も多数派の説明をまずはきちんと聞く必要があります。これらが満たされてから、議論と議決のフィールドに上がれると思います。

そして、多数派少数派にかかわらず、「ここは譲れない」ところと「ここは妥協してもいい」ところをはっきりさせる必要はあるでしょう。利害調整と合意形成には、どこかを犠牲にする必要が出てきてしまうので。ひたすら拒否し続けるのもかっこ悪いです。

そして、対案を出すことにより、相手側も妥協するところと維持するところを再構成できます。そうすれば、なんとか我慢できる落とし所にはたどり着けるのではないかと。

審議拒否は、結局その間国政が停滞するので、国民も飽き飽きしてます。議員の皆さん、武力行使に反対なら、まず自分たちが言論で対話の道を模索する必要があるのではないでしょうか。

このブログを応援する・寄付する

当ブログでは暗号通貨による寄付を募っております。

Bitcoin:

Monacoin:

Litecoin: