仕事後の飲み会は「仕事の延長戦」ではない。仕事の延長戦ならば「仕事」なのだから、当然給料が出るはずだ。給料が出ないならば、仕事後の飲み会に行かなくても法的な問題はない。

仕事後の飲み会の捉え方は、人によって様々だと思います。「飲み会を楽しみに一日仕事を頑張る!」という人もいるかもしれませんが、「給料出ないのに何故飲み会に縛られなければならないのか!!」という人もいるでしょう。このような考え方に対して「飲み会は仕事の延長戦なんだからきちんと出席しろ!!」とお怒りになる人もいるかもしれませんが、「仕事の延長戦」ならば飲み会は「仕事」になります。「仕事」ならば、当然給料が出るはずです(給料が出ないならただの無賃労働・サービス残業)。

飲み会が「仕事の延長戦」ならば給料が必要。労働時間以外に会社に拘束される必要はない。

  • 「飲み会が仕事の延長戦」ならば、飲み会は「仕事(残業)」ということになる。「仕事の延長戦」=「残業」なのだから。そして、仕事(残業)にはきちんとした給料が必要だ。残業ならば時間外労働手当も必要だ。飲み会に誘われた人が「給料出ますか?」と聞いてくるのはごく自然なことだろう。無賃労働を回避しようという当たり前の発想だ。
  • 労働時間以外に労働者を拘束したら何になるというのか。答えは明快。労働者は会社の奴隷になってしまう。現代になってもなお奴隷制度を維持しようとは片腹痛い。労働者は会社と雇用契約を締結し、給料と引き換えに労働を行う一人の人間だ。労働者を仕事に拘束するならば、その労働分の給料をきちんと支払うのが会社に課せられる最低限の義務だ。

なにゆえ給料も出ないのに会社に拘束されなければならないのか?「飲み会は仕事の延長戦」と言い張るならば、飲み会にも時間外労働手当が必要になる。

いわゆる「飲みニケーション」の一環として、会社で飲み会が行われることがあると思います。場合によっては強制参加の飲み会もあるかもしれません。しかし、強制参加ならば残業代が出されなければなりません。仕事の一環なら尚更です。労働時間以外で労働者が会社に拘束される義理はありません。残業代もなしに拘束され、さらに懐に痛い出費を強いられるとくれば、「死んでも飲み会行きたくねえ!!」となるのも、飲み会の誘いに対する応答が「給料出ますか?」になるのも、ごく自然なことです。

どうしても「飲みニケーション」が仕事の一環である、仕事をうまく回すためには酒の力を借りなければならない、飲み会は仕事の延長線である、と言い張るのであれば、給料が出る労働時間内に昼間から酒を飲めばいいと思います(飲めない人・飲みたくない人に強制するのは論外)。飲み会がパワハラやセクハラ、アルハラ(アルコールハラスメント)の温床にならないように細心の注意を払わなければならないのは言うまでもありません。

労働時間以外に無理やり労働者を無給で拘束することは、労働者を人間としてみていない(奴隷として扱っている)ことと同義。労働者は会社と雇用契約を締結し、給料と引き換えに労働を行う一人の人間である。

様々な理由(例:強制参加型イベント、飲み会などなど)をつけて労働者を労働時間以外に拘束しようとする会社もあるらしいですが、労働時間以外に無理やり労働者を無給で拘束することは、労働者を奴隷扱いしていることと同義であると考えます。労働者は断じて会社の奴隷ではありません。雇用契約を締結し、給料と引き換えに労働をする一人の人間です。労働者に仕事をさせるのであれば、会社にはきちんとした給料を出す義務があるのはもはや言うまでもありません。

そして、仕事でなくとも労働者を労働時間以外に会社に拘束するのはいかがなものかと思います。例えば飲み会の場合、会社にしてみれば「飲み会は仕事じゃないんだから給料は出さなくてもいいだろ」という理屈で給料を出さないところが多いのではないでしょうか。しかし、労働者にしてみれば「なにゆえ残業代も出ないのに飲み会で会社に拘束されなければならないのか」と言いたくなります。労働時間外の労働者の行動まで会社の指揮命令権で縛れるわけではありません。労働者のプライベートは守られるべきです。よって、残業代が出ないのであれば仕事後の飲み会に行かなくても法的な問題はないと考えます。

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