カテゴリ:学校・教育関連

誰にだって得意分野と苦手分野があるんだから、「この科目は得意だから大学レベルの内容を学んで、この科目は苦手だから中学レベルの内容をやり直す」といったことを柔軟に認めるべきだと思う。

投稿日:2016年09月01日
最終更新日:

「何でもかんでも完璧にできる」と言うのはある種の理想形です。しかし、現実にそれを要求すれば、「何でもかんでも中途半端にしかできない」という事態になり、何かするのに必要な専門性が身につかない…という残念な結果になりかねません。社会には様々な人間がいますから、一人の人間にできないことの一つや二つくらいあっても問題はありません。何かしらの対価を払ってできる人にやってもらえば問題はないはずです。何でもそこそこできる汎用性はたしかに大事かもしれませんが、それ以上に何か特定の分野で光り輝く専門性も大事だと思います。ゆえに、日本の学校は「この科目は得意だから大学レベルの内容を学んで、この科目は苦手だから中学レベルの内容をやり直す」みたいな感じのことを柔軟に認めるべきではないかと考えます。

社会には様々な人間がいるからきちんと分業が成立する限りは専門性が重要。だから苦手分野に縛られずに得意分野をとことん伸ばせるようにした方がいいかもしれない。

  • 社会には色々なタイプの人がいるから、自分にできないことがあってもそれなりの対価を払えばできる誰かに任せることができる。というかそれが分業ではないのか。何かしらの得意分野に特化する。プログラマーならプログラミング能力に特化するし、農家なら食料生産に特化する。苦手分野があっても大した問題にはならないが、専門性がないのは問題になるおそれがある。
  • 学校教育においては「どの分野も均等にできるようになれ(得意分野も苦手分野も中学なら中学レベル、高校なら高校レベルの勉強をしろ)」といった感じになっている気がするが、それで専門性が伸ばせるのかは疑問だし、全教科が均等にできることを要求するのが子供にとって幸せなのかも疑問だ。苦手分野に縛られて得意分野を伸ばせないのはやるせない気がする。苦手教科があるとどうしてもそちらの試験を乗り切るための対策に時間をとられることになり、得意教科を伸ばす上で障害になる。分業が機能する限りは苦手教科の能力が要求されることはそんなに無いはず。
  • 高校に行ったら苦手科目も高校レベルのものをしなければならないというのもなかなか酷な気がする。苦手科目だけ中学レベルの内容を復習できるような選択肢を用意してもいいんじゃないかと。必修科目は本人のレベルに合わせて柔軟に難易度を選べるようにして、総合的に判定して一定以上のレベルに達していれば(苦手科目が中学レベルでも)高校を卒業できるようなシステムにしてもいいのではないかと思える。得意科目をとことん伸ばしてその方面で活躍できればいいと思う。
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教えることをこれ以上増やすというのなら、小学校でも「教科担任制」を導入すべきだと考える。一人のクラス担任が全教科を教える現在のシステムには無理があるのではないか。

投稿日:2016年08月29日
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次の学習指導要領の改訂で、小学校では「英語」が正式な教科になるようです。英語以外でも、教える内容はどうやら増えるらしく、それに伴って授業時間数も増えるようです。さて、小学校では一人のクラス担任が全教科を教えていますが、教える内容を増やすのであれば、小学校でも「教科担任制」を導入すべきではないでしょうか。このままでは、全教科を完璧に教えられる完璧超人しか小学校の教員になれなくなるのかもしれません。

小学校で教える内容は(中学高校よりも)簡単なものではあるかもしれないが、それでも全教科を一人で教えるのは流石に無理がある。小学校でも「教科担任制」を導入すべきでは?

  • 一人のクラス担任が全教科を教える場合、一人の教員が全教科をきちんと教えられる必要がある。しかし、教える内容が増えれば、当然一人の教員に掛かる負荷が増える。また、誰だって苦手なことの一つや二つはある。先生とて例外ではない。一人の教員の力量が全教科の授業の質を左右する現行のシステムは流石に無理があるのでは?
  • 「教科担任制」を導入すれば、自分の得意な分野を専門に教えるのが先生の仕事になる。教員の専門性も高まり、教育の質も良くなるはずだ。小学校の教科指導も、そろそろ分業が必要な時期ではなかろうか。
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「部活動の実績で入試の得点を上積みする」ことは、少なくとも一般入試では禁止するべきではないか。部活動の実績を内申書に書くことは禁止するべき。

投稿日:2016年08月21日
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2016年8月1日に、ブラック部活問題はNHKでも取り上げられました。その時の様子は「死ね!バカ!」これが指導? ~広がる“ブラック部活”~ – NHK クローズアップ現代+をご覧いただくとして、「部活動の実績で入試の得点を上積みする」ようなことは、少なくとも一般入試においては止めるべきだと考えます。部活動の実績を内申書に書くことも止めるべきです。

「部活動が入試に影響を与える」現在の状態のままでは、部活動は「生徒を支配する監獄」になりかねない。部活動は「生徒が自主的に行うもの」であり、「法的にはやらなくても全く問題ないもの」だというのに。

  • 部活動の学習指導要領での位置づけは、「生徒が自主的に行うもの」。すなわち、「法的にはやらなくても全く問題ないし、強制してはいけないもの」である。まずはこの大原則が全国どこでも遵守されなければならない。
  • が、部活動は入試に影響を与える部分もある(高校入試での事例はこちら)。どんなに影響が少なくても、「部活をやめたら入試に響く」とか言われてしまえば、「退部する自由」を行使することもままならないだろう。部活動が「生徒を支配する監獄」になってしまう。これではどうしようもない。
  • このような事態を防ぐためにも、「部活動の実績で入試の得点を上積みする」ようなことは、少なくとも一般入試においては禁止するべきである。内申書に部活動の実績を書くのも禁止するべきだ。誰も彼もが(部活動の実績を重視する)推薦入試やAO入試を受けるわけではないのだから。どうしてもというのならば、推薦やAOを受ける(部活動の実績についての書類がどうしても必要な)生徒にだけ特別に書類を作成すればいいだろう。全員分は要らない。
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秀岳館吹奏楽部が野球応援のために吹奏楽コンテスト大会出場を断念させられた事件。言い方は悪いが野球部絶対主義の先軍政治が生み出した悲劇か。

投稿日:2016年08月20日
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甲子園の感動(っぽいもの)の裏には、様々な犠牲があります。今度は秀岳館吹奏楽部が犠牲になりました。秀岳館野球部は2016年夏の甲子園に出場しましたが、その応援のために吹奏楽部はコンテスト大会出場を断念させられたそうです。吹奏楽部は野球部への隷属を余儀なくされました。いくら何でもこれはひどい。

今回の事件から、「野球部(運動部)のためなら文化部などをいくら犠牲にしても誰からも文句は言われないし、文句を言ってはいけない」という恐ろしい空気を感じる。そんなに野球部様が特別なのか。

  • 吹奏楽部も野球部をはじめとする運動部も、私から見れば等しく非人道的な活動日程をこなしているように見える。地獄だ。…今回の事件では野球部が夢の舞台(とされる場所)への切符を手にした一方、吹奏楽部は野球部の都合によって夢の舞台(とされる場所)への切符が無効になってしまった。野球応援がそんなに大事か。
  • 吹奏楽部と野球部は従属関係にあったわけではないだろう。まさか軍楽隊よろしく野球部の中に音楽隊が組織されているわけでもあるまい。吹奏楽部も野球部も(それ以外の部も)、それぞれのフィールドで力を発揮し、お互いの都合には左右されずに活動するはずだ。だが今回は吹奏楽部が野球部絶対主義の犠牲になってしまった…。
  • この事件からも、「野球部(運動部)のためなら文化部などをいくら犠牲にしても誰からも文句は言われないし、文句を言ってはいけない」という恐ろしい空気を感じる。野球部のために全校生徒を強制動員して全校応援を行ったりすることもあると聞く。なんという野球部絶対主義。金正日もびっくりの先軍政治だ。
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部活動強制加入システムの謎が公開される…愛媛県八幡浜市立保内中学校では生徒に対して部活動への加入義務を課す模様

投稿日:2016年08月12日
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これまで、日本の中学校の一部では、学習指導要領違反の部活動強制加入システムによって生徒の「部活動に入らない自由」を剥奪し、生徒を地獄へと追い落としていました。しかし、その実態(生徒に部活動への加入義務を課す校則の条文など)が学校の公式WEBサイトに掲載されることは無かったのではないかと思います。ところが、ここに来て部活動強制加入システムの実態が掲載された学校の公式WEBサイトが出現したのです。

部活動強制加入システムの闇がついに公開されたが、やっぱり闇は深かった。愛媛県八幡浜市立保内中学校の恐ろしい事例。

  • 愛媛県八幡浜市立保内中学校では、地域の別の中学校と統合した後も生徒全員に対して部活動へ加入する義務を課すようだ。これは明らかに学習指導要領違反である(学習指導要領には部活動について「生徒が自主的に行うもの」だと書かれている)。ここは統合をきっかけに過去の悪習を断ち切るべきではないのか。
  • 設置される部活動も、運動部(10コ)+吹奏楽部+創造部という構成。運動部と吹奏楽部の厳しさは言わずもがな。創造部が一体どのような部なのかはわからないが、運動部と吹奏楽部よりはマシな環境であることを願わずにはいられない。…文書には明記されていないが、私の勝手な考察では転部する自由があるかどうかも疑わしい。
  • 部活動強制加入システムを敷くことを外部に公開したことだけはそれなりに評価したい。だが、やっていることは学習指導要領違反に他ならない。生徒の「部活動に入らない自由」を否定している。まさに鬼畜の所業。部活動強制加入システムを敷くことを決定した極悪人には懲戒免職が相応しいと考えるのは私だけであろうか。
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教員の労働時間を減らして教育の質を高めるためには、もっと分業を推し進めて教員が授業にエネルギーを集中できるようにするべきかもしれない。

投稿日:2016年08月03日
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日本の教員は労働時間が多いと言われることがあります。教員の労働時間が多い原因は、「なんでもかんでも教員に丸投げするから」です。分業を推し進め、余計な仕事は無くすか外部に切り出し、教員が授業にエネルギーを集中できるようにすれば、教員の労働環境は改善され、教育の質も高まるのではないでしょうか。

教員の本業は授業なのだから、授業以外の教員でなくても出来ることはもっと分業するべきだと考える。教員の労働環境を改善すれば、教育の質も改善できる。教える側にも余裕が必要だ。

  • 日本の教員は労働時間が長く、授業以外の事務処理や部活動、進路指導、生徒指導、保護者への対応もしなければならない。教員が何でも屋と化してしまっている。これでは教員の労働時間はどうしても長くなってしまうし、本業である授業や教材研究にエネルギーを集中することが出来ない。
  • 教育の質を高めるためにも、もっと分業を推し進め、教員でなくても可能な仕事は無くしていくか、事務処理などを専門に行う人を別口で雇ってそちらに任せてしまうべきだと考える。余計な仕事が外部に切り出されれば教員は授業や教材研究にエネルギーを集中できる。良い教育のためには、教える側にもそれなりに余裕が必要。
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