人材が必要ならば、他よりも良い条件で人を集めなければならない。「絆」や「やりがい」などの名のもとに劣悪な条件で無理やり人を集めようとしても、そうは問屋が卸さない時代だ。
投稿日:2017年03月07日
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もくじ
- 生活のために仕事をする以上、よりよい待遇を求めることはごく自然なことだ
- 「絆」や「やりがい」では飯は食えないし、休みの代わりにもならない。劣悪な労働条件の放置は、会社と労働者の破滅をもたらす。
生活のために仕事をする以上、よりよい待遇を求めることはごく自然なことだ
この記事をお読みになっている皆様は、「なぜ仕事をするのか?」という設問がテストにあったらどのような答えを解答用紙にぶつけるでしょうか。
- 生活のため(お金のため)
- 社会のため
- 名誉のため
- 国民の義務だから
- etc.
実際問題、日本に住む限りどうしても生活するためにはお金が必要になります。あらゆるものを自給自足するのも、必要な物資を物々交換で調達するのも現実的とは言い難いですから、生活に必要となる様々なものを調達するためにはお金が必要であり、必要なお金を得るために働くことになります。
そして、生活のために仕事をするのですから、仕事によって生活を破壊されては意味がありません。できれば仕事は楽に片付けたいですし、(単位時間あたりの労働の質を同じと仮定すれば)労働時間は短い方がいいですし、給料と休みは多ければ多いほどいいです。そしてできれば、自分にあった仕事の方がいいと思う人が大多数ではないでしょうか。
いずれにせよ、同じ仕事をするならば待遇が良い(給料・休みが多い、労働時間が短い、etc.)方に人が流れるのは自明です。優秀な人材は様々な会社がなんとかして囲い込もうとしますから、囲い込まれる側からすれば、よりよい条件の会社に囲い込まれた方がいいに決まっています。優秀な人材がほしいのであれば、他社よりも良い条件を提示し、そして提示した条件に正直である必要があります。もちろん法律(労基法など)違反は絶対にだめです。
「絆」や「やりがい」では飯は食えないし、休みの代わりにもならない。劣悪な労働条件の放置は、会社と労働者の破滅をもたらす。
「絆」や「やりがい」といった言葉は美しい響きかもしれません。しかし、身もふたもないことを言えば、いかに絆が強かろうと、いかにやりがいがあろうと、それだけでは飯は食えませんし、休みの代わりにもなりません。某テレビドラマでは「やりがい搾取」という言葉が登場しましたが、人の労働・成果に適正な対価を支払わないことはまさしく「搾取」です。「絆」や「やりがい」ばかり強調して適正な給料・報酬を支払わず、休みも与えないことは労働者からの不当な搾取です。
劣悪な労働条件という真実から目を背け、「絆」や「やりがい」、その他様々なキーワードで真実をオブラートに包んで求人広告を打てば、労働条件の改善をせずに人を集めることも出来るかもしれません。「東証一部上場」などのキーワードがあれば、それなりに人は来るでしょう。しかし、働き始めれば嫌でも真実に気付かされ、ある人は「言ってることと実際の条件が違うじゃねーか労基署と弁護士呼んでやる」となるかもしれませんし、ある人は「逃げるは恥だが役に立つ」とばかりに逃げ出すかもしれません。そしてまたある人は過労死するかもしれません。労働者は生活を破壊されますし、会社も求人にかけた費用、社員育成費用は無駄となってしまいます。そして無駄となった時間もお金も、返ってくることはありません。
結局、労働者の定着率を高めるためには、「絆」や「やりがい」などの精神的なものに頼るだけではだめなのです。文化的で人間らしい生活ができるくらいには物質的に満たされなければ、労働者はより条件が良い他社に移ってしまいます。労基法違反などは直ちに是正し、法律に則った上で出来る限り労働条件を改善する。これこそが、労働者を定着させるために必要なことではないでしょうか。