「一度始めたら最後までやり切らなければならない」という価値観によって苦しむ人もいる
投稿日:2016年04月25日
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地獄にハマった時に「一度始めたら最後までやり切らなければならない」という価値観に縛られるのは辛すぎる。戦略的撤退が最適解になる時も必ずある。
- 「一度始めたら最後までやり切るべきもの」もあるかもしれない。だが、「嫌ならやらなくてもいいもの」にまで「一度始めたら最後までやり切らなければならない」という価値観を持ち込まなくてもいいんじゃないかと思う。学校の部活動も自分に合わないのならば退部したっていいし、ブラック企業からはすぐにでも撤退するべきだ。撤退すること(逃げること)が我が身を守る最適解になる時だって必ずある。
- 「一度始めたら最後までやり切らなければならない」という価値観は、時に他人を苦しめてしまう原因にもなる。他人にこの価値観を強制してしまうのは最悪のパターン。「一度始めたら最後までやり切らなければならない」という価値観は何かあった時の退路を断ってしまうという特性上、警戒心を抱く人もいればなじめない人もいる。他人と共存するためには、価値観を他人に強制せず、人によって価値観が違うことを認めること、他人と適切な距離を取ることが必要なのではないかと思う。
逃げることが許されないというのは、ある意味でとても危険なことだ。
「一度始めたら最後までやり切らなければならない」という価値観の場合、「物事から逃げる」という選択肢は存在しないものと思われます。逃げ出すこと=物事を途中で投げ出すことなので、多少の事情では物事から逃げずに取り組み続けることでしょう。確かに、物事を途中で投げ出さずに最後までやり切ることは大切なことかもしれませんし、それができることは素晴らしいかもしれません。
しかし、この「背水の陣」とも言える状態は、ある意味でとても危険です。撤退という選択肢を封じられてしまっては、自分の身に危険が迫ってもそこから逃げ出すこともままならず、結局は人生そのものを破滅させてしまう可能性さえあります。時には戦略的撤退も必要ですし、危険から逃げたっていいんです。津波が来るとわかっているならば、安全な場所に逃げ出すことが命を守る上での最適解であることは言うまでもありません。ブラック企業からはいち早く撤退して損失を最小限にするのがベターな戦略になりますし、学校の部活動にしたって学習指導要領で「生徒が自主的に参加するもの」と定められていますから、退部することは法的に何の問題もありません。
日本人の平均寿命は男性も80歳の大台に突入し、女性の場合は更に長くなっています。長い人生ですから、途中でどんな危険なことに遭遇してもおかしくはないでしょう。逃げ出すことが断罪される場面もありますが(一般的な軍隊において敵前逃亡は死刑になってもおかしくない)、ブラック企業から社員が一人逃げ出したくらいでだれが困るというものでもありません(しいて言えばブラック企業経営者が困窮するかもしれませんが自業自得です。ブラック企業滅ぶべし)。撤退は決して無駄な行為ではないのです。
異なる価値観の存在を認め、他人との適切な距離を取ることは絶対に必要なことだと思う。
世界には異なる価値観を持つ人間が沢山います。全員が完全に同一の価値観を持っていることはないでしょう。社会生活を営む上では人間関係を避けて通ることは非常に難しいですから、何らかの形で他人と関わることになります。そうなれば異なる価値観の衝突が発生することは避けられないでしょう。お互いがお互いの価値観を認めず、相手を征服して自分の価値観を押し付けようとすれば完全に戦争状態になり、人間関係は破綻不可避です。そのような事態を避けるためには、異なる価値観の存在を認め、他人とは適切な距離を取ってお付き合いすることが必要なのではないでしょうか。人間関係において適切な距離は必要不可欠ですから。